負債による奴隷化

 

――なるほどね。2001年。そこからですか、奨学金を借り始めたのは?

 

栗原 はい。奨学金は大学院に入ってからです。

 

――親御さんとしてはもうこれ以上は学費は出せないと?

 

栗原 ええ。大学院行くなら奨学金借りて行きなさいと。ただ食費とかそういうのは出してあげるからと。

 

――大学院くらいになるともう有償の給付しかないんですか?

 

栗原 いえ。有償ではなくて、「貸与奨学金」といって、全部借金しかないんですよ。無利子と有利子しか。僕は無利子で借りたんです。

 

――借金しかないんですか。それで相当な金額になったわけですね。

 

栗原 635万円ですね。

 

――へえ~!それは高額ですね。

 

栗原 これが有利子だと利子がどんどん積み重なってきて。学部生から借りている子はだいたい1千万くらい借りる結果になりますね。

 

――もうどう考えたって元をとらなきゃ持たない話になりますね。借金抱えているわけだから。言葉が悪いけど、借金取りがいつまでもついてまわるという(苦笑)。

 

栗原 ははは(笑)。だから奴隷制度の話と本当に結びついています。古代国家で奴隷が作られるときって、ひとつは戦争捕虜で、もうひとつは借金づけなんですよ。お金を返せなかったら人ではないと。だから肉を切り刻んで返す。それができなかったら奴隷となる。やっぱり借金と負債。「負い目」ですからね。支配されることとたぶん同じです。

 

――そうかぁ。ベニスの商人の世界が来るわけですね。

 

栗原 昨年、日本学生支援機構にも給付型奨学金ができたんですけど、まだ少額ですし、ずっとなかったわけですからね。だから日本は世界に目を向ければおかしい。借りたものは返せという考えが根強いですから。

 

――韓国もそんな感じなんでしたか?

 

栗原 そうですね。日本の奨学金制度とほとんど一緒で、もうちょっとひどい。学費も日本の23倍くらいして、で、奨学金も卒業した時点で返せなかったら、その時点でアウトです。口座を止めたりとか、カードが使えなくなったりとか。苦しいでしょうね。

 

――そう考えると人文社会系の人たちをアナキストへ養成するのにはとてもいいですね。

 

栗原 (笑)

 

――(笑)ははは。ちょっと知ったかぶりですけど。何かアナキストとかいうと、バクーニンとか、クロポトキンとか、ロシアの人たちですよね?で、日本で言えば幸徳秋水とか大杉とか、管野スガさんとか。大逆事件に巻き込まれた人たち。そして震災後に虐殺された大杉、伊藤野枝さん。おそろしい殺され方をする。何か権力がムチャクチャ強いところがそういう過激分子を生むのかな?と思っていたんですよ。でもよく考えてみたら過激でも何でもないですよね。ただ思っているだけで(笑)。

 

栗原 クロポトキンなんか、超イイ人だったりしますからね。

 

――実際はそうなんですよね。でもアナキストって一般に怖い人って思われていて。セックス・ピストルズなんか「アナーキー・イン・ザ・UK」で、“デストロイだ!”なんて叫んで。単純にそういうものなんだ、って大衆の人たちは思ってるから。

 

栗原 あのときもたぶん真っ当ですよね。ちょうどサッチャー政権になろうとしていて新自由主義がガンガンきたときに若者たちが同じように仕事がなく。

 

――まさにクラッシュってバンドも初期の時は。

 

栗原 ああ、そうですね。

 

――脱線に脱線ですけど、ピストルズのマネージャーのマルコム・マクラーレンとか、クラッシュのマネージャーのバーニー・ローズとか。そういう人たちは1968年頃のフランス状況主義者の人たちの影響を受けている。

 

栗原 うん。シチュアシオニスト。

 

――ですよね。だから、そこらへんにいる労働者階級の若い連中でちょっと骨のあるようなヤツらを(笑)。自分たちの思想で染め上げて一丁やったろうか、と。

 

栗原 ははは。

 

――そんな目論見だったと思うんだけど。結局自分の思ったとおりにはならないパワーを持つヤツがバンドにいたと。

 

栗原 うん。クラッシュの場合はのちほど商業化の波に。

 

――だんだん普通の社会主義バンドみたいになっていきましたけど。初期の頃はかなりアナーキーだった。

 

栗原 「ホワイト・ライオット」とか、すげえカッコイイですよね。

 

――そうですね。まさに暴動を煽動するような感じで。別にそこに何か意味とか意図とかなくて、とにかく生きる力を取り戻せ、という感覚。

 

栗原 暴れて、周りも。支配されているところから抜け出していく感覚を。

 

 

 

人の生来の動きを取り戻したい

 

――どんどん脱線しますけど、僕の好きな音楽趣味の話しますけど、76年にノッテングヒルの暴動というのがあって、そこからクラッシュの「ホワイト・ライオット」って曲ができたんですね。あれ、ジャマイカ出身の黒人たちがノッテングヒルというところで毎年お祭りやっていて、その時に警官や何かが取り巻いて、はねっかえらないようにするんだけど、その時は何か知らないけど、熱くなって、まあレゲエ音楽とかは反体制なので。それで熱くなったジャマイカ系黒人たちが何かの拍子に警官たちに石を投げたら、ワァ~と暴動になって。その時にクラッシュのメンバーが二人いて、やっぱりテンションがあがっちゃった。

 

栗原 ははは。

 

――レンガ投げたらすっげえ、あとでベーシストの人が回想してましたけど、ものすごく気持ちが良かった、解放感がすごかった、と。

 

栗原 本当に一回石を投げるともう、すごい解放感で。

 

――(笑)そうなんですか。何か栗原さんも暴動局面に行かれてるんですよね?

 

栗原 ヨーロッパだとかだったら今でもすごいですね。体がすっごい軽くなっていく感覚というのはあります。人はこんなことしていいんだぞ、みたいな。

 

――そこで解放感を感じるか、「ちょっと調子に乗りすぎた、これはまずい」って内省化しちゃうかの違いですかね。

 

栗原 モノを壊したり、石を投げたくない人は投げる必要はないと思います。でも、投げたらまた何か変わるかもしれない、人がモノに支配されているような感覚が崩れるんですよね。いまだと、道路もぜんぶ車社会になっていたりとか、人より車のほうが偉いとか。しかもそれが買えるかどうかが人のステイタスを決めていたりするし。ですから、ヒトや動物には危害をくわえないけれども、そこの象徴になるようなモノは断固壊してみることで、自分たちが包まれているシステムみたいなところから脱してみる。まあ、いざやりはじめたら、もうなにも考えてないと思うんですけど。

 

――そうですね。人じゃなくてモノを壊す。いちばん資本主義の問題だと思われるモノは壊すことに躊躇はない。でも暴動って一歩間違えると自分の中の「理性全体」がぶっ壊れちゃって本能だけになっちゃう人もいないわけじゃ無いじゃないですか?そこら辺はどう考えますか。

 

栗原 いやあ、僕は人の生来の動きを信じているところがあって。それを誰かが操作しはじめて、「こいつらをぶっ殺せ」みたいに方向づけされたりすると、そっちに持っていかれると思うんですけど、なんにもなければ、そうはならないはずです。関東大震災で朝鮮人虐殺とか大杉栄が殺されたりしてますけど、あの時は、パニックを政府の側があおっていたわけですよね。朝鮮人連行とかを警察がやっていたりすると、まことしやかな噂でみんな「ああそうなのか」と思い始めて、自警団の中で朝鮮人から自分たちの身を守れみたいになって、やられる前にやっちまえ、みたいな方向に持っていかれたり。だから、人の本能が解放されたから虐殺とかに向うというよりは、方向づけしようとする何らかの権力みたいなものがでてきたときが怖いということではないでしょうか。きっとそういうときにアナキストがやらなきゃいけないのは、ひとの感情をコントロールさせない、かじ取りさせないということなんだと思います。

 

――なるほど。そのお話はすごくよくわかります。やはり栗原さんの考えで一貫しているのは生来的な力をとりもどす必要があるということですよね。人として本来持っている力が抑圧されてしまっているのでそれを回復するために、「生の拡充」という大杉栄の言葉がありましたけれども。そういうものを人は本来子どもの時に持っていた。夢中になって遊んでいた。時間も忘れるようないろんなものが大人になるとすっかり忘れてしまい、何か方向づけられたルールとか規則とか。いわゆる権力的なものに自分のエネルギーを注ぎ、「何か違う」「何か違う」と思いながらも従ってしまう。そうしているうちに何でしょう?対抗勢力側ももしかしたらあらがい方にしても同じような形で。反転させたようなもの?そんな形での集団行動を繰り返してしまうのかもしれない。

 

栗原 やっぱり秩序がなくなると恐ろしいことが起こると思うから。自分たちもそれに従う。ただ、よく人がパニックを起こしてどうしようもなくなる例に劇場の例が使われるんですよ。たとえば劇場で火事が起きたとしたら、本当は順番に出れば出れるところ、パニックを起こして「バア~」とドアに殺到してしまって何かダダダとなって出れなくなってしまい、みんな死んでしまうみたいな例えが使われる。そういう状態が何か無秩序状態みたいなものの典型のような扱いになってしまって。だから人はパニックを起こさずにある程度秩序だった動きをしましょうみたいに言われることがけっこう多かったりするんですけど、本当のところ、人の生来の動きの中でパニックを起こす劇場に包まれている状態ってそう多くないと思うんです。どちらかというと劇場にいる状態を作り出そうとしているのが政府だったりとか、権力だったりとかで、あなたたちは劇場の中にいるんだからそれに従いましょうね、って言ってるだけなのかなと思います。

 

――その人の周りは全体にオープンに広がっているはずなんだけど、劇場の中にあって、ドアがいくつかしかない。その中で何か事故が起きたら出るときには、点々としかないドアから逃げるしかないからパニックが起きると。そういう比喩を使ってストライキでも、デモでも、アナーキーな行動を起こそうと考える人間が危険なことを及ぼすんだと秩序側は常に言う、ということですね。

 

栗原 そうですね。劇場自体をそもそも作っているのがたぶん権力なんです。

 

――これも相当すさまじく網の目状に作られているんでしょうね。もしかしたら僕自身がおそらく記憶の彼方に飛んでしまっているくらい失ってしまっている、からめ取られてしまっているというか。心の自由を失っているくらいの環境の中に住まっているというか。じゃあどうやってそこから回復していくか。

 

 

 

日常に相互扶助は転がっている

 

栗原 そこでやっぱおもしろいなと思うのは、クロポトキンの「相互扶助」です。人は何も考えなくても無条件のうちに人を助ける、それあたりまえ、みたいな。その「相互扶助論」というのをもう少し展開しているのが、人類学者のデビット・グレーバーで、彼がおもしろいのは、いま資本主義が強い強いと言われて権力にからめとられているというけれども、よく考えてみれば相互扶助の感覚というのは本当はどんな日常にもあふれていませんか?と言うんです。会社にいたとしても、職場のデスクからペンとか落としたりして、それをだれか同僚が拾ったりしてくれたりしても、会社ってその秩序の中ではお金を稼ぐための組織だけれども、でもペンを拾ってくれたことで「金寄こせ」なんていう人はいないですよね、みたいなことを言うわけです。なぜ助けるかというと何か人は意識せずにパアッと人を手助けしようとする動きというのはあるものなんだ。権力は強い強いというけれども、本当は逆に人間の日常のその感覚のほうが実は普通の感覚として多くないですか?という話をしています。たぶん職場の中でさえ、普通に同僚と会話して、何か全力で面白い話をしてみようとして笑わせたり。やっぱりそれで「金くれ」なんていう人はたぶんいないと思いますし、ただ笑わせたいというだけで。そういう所まで含めてたぶん相互扶助といっていいんだと思います。その感覚を忘れないことが大事じゃないかということ。案外そういうところにいまの秩序から抜け出すヒントみたいなものがあるのかなあと思います。

 

――そういう意味ではやはり友人とか友だちというのは得がたい関係ですね。会話に方向性が定まってなくても自然になじむことができる。

 

栗原 友達、友人というのはたぶん役に立たなくても一緒にいてくれる。それこそ金にならなくてもいいわけだし、面白いことを言えなくてもいいわけですしね。

 

――無意味に一緒に時間を過ごしていてつらくないというか。楽だ、ということ自体がすでにありがたいですよね。そういう、まあひきこもりの集まりとかというのも、本来そういうものだろうなあと思うんですけど。

 

栗原 それこそ見返りの関係に持ち込まれない関係性といいますか。これをやったらお前はこれしてくれという関係じゃないんです。で、そういうときのほうが往々にして面白いことが起きたりしますしね。

 

 

 

シチュアシオニストー直訳すると「状況主義」。ギー・ドゥボールがフランスで創始した運動であるため、「シチュアシオニスム(仏:situationisme)」とも呼ばれる。中心人物であるドゥボールの思想の核心は、人々を受動的な立場へと疎外する近代の消費社会(=スペクタクルの社会)への徹底した批判にある。彼は、そうしたスペクタクルを打破する「状況(シチュアシオン)」の構築を目指して1957年に「アンテルナシオナル・シチュアシオニスト(IS)」を結成。同名の雑誌を主な媒体とし、72年の解散まで国際的な活動を展開した。(現代美術用語辞典ver.2.0より)。

なお、シチュアシオニズムの議論の足場であった雑誌が総覧できるサイトがあり、参照できる。http://d.hatena.ne.jp/situationniste/ (ただし、内容は難解といっていいだろう)

 

デビット・グレーバーー人類学者であり、アナキストの活動家。人類学とアナキズムの結びつきは唐突ではなく、「未開社会」を対象としてきた人類学者モース、クラストル、サーリンズらは、そこに国家と資本主義に対抗する社会を見た広義のアナキストであった。これらの結合の意味を確かめながら考えかつ行動して来た研究者である。研究に専念していた著者は、1999年シアトルでの反グローバリゼーションの闘争を見て、初めて運動に参加した。そのとき彼が気づいたのは、ニューヨークの「直接行動ネットワーク(DAN)」の会合のやり方が、かつてフィールドワークのために二年過ごしたマダガスカル高地の共同体における評議会とよく似たものだということであった。主著に『負債論』など。(柄谷行人氏の批評より抜粋させていただいた)

 

 

 

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