不登校新聞社・編集長                                                            石井 志昂さんインタビュー

 

不登校新聞の歴史

 

杉本:不登校新聞社の石井編集長にインタビューさせていただきます。よろしくお願いします。

 

石井:よろしくお願いいたします。

 

杉本:改まって言うのも何なんですが、石井さんは物語みたいな人生を生きてらっしゃるなあと思うところで。不登校新聞社に入ってからも新聞存亡の危機なども体験されて来られましたね。

 

石井:そうですね。

 

杉本:不登校を経て、元気になられてからも社会の荒波と闘ったりして来られた。

 

石井:ありがとうございます。そう言われると照れるような気もしますが(笑)。

 

杉本:石井さん本人の不登校体験は、このあとじっくりお聞きしたいと思うんです。

 

石井:はい。

 

杉本:まず、不登校新聞の創刊は1998年ですよね。僕は1年間とっていたんですよ、創刊号時に。

 

石井:あっ…さすがですね。

 

杉本:実は僕のイメージの中では、「へえ~、90年代の終わり頃だったんだ」って。自分自身取っていたときだけに。意外だなっていうか。自分の記憶の中では90年代の前半ということはなかったかもしれないけど、95年あたり。阪神大震災があったり、オウム事件があった頃と前後して出た新聞だったような印象があったんです。ですから、結構2000年代に入るちょっと前だったんだな、って。

 

石井:そうなんですよ。

 

杉本:で、石井さんが編集部員になったのが19歳の時からなんですよね?そして、創刊号で石井さんはインタビュー受けている。

 

石井:はい、そうです。

 

杉本:そのこともすっかり忘れて、「あーそうだったんだ」と。当時の新聞の柱としてはインタビューがあり、奥地圭子さんのすごく硬い論文が載ってて、ちゃんと読んでませんけど。

 

石井:そうです、そうです。

 

杉本:で、もう一つは当事者の子たちの絵とかエッセイ、詩ポエムが載っていたり、わりと新聞としてはこうハイカルチャーな部分と(笑)・・・。

 

石井:そうですね、確かに(笑)。

 

杉本:当事者カルチャーの部分が混在してて、なかなか面白かったなあと思いますけど。

 

石井:確かに。

 

杉本:経済的な事情があって1年しかとっていないんですけどね。でも、今は僕もネットで一部でしか読めてないんですけど、98年当時に比べるとはるかにクオリティーが上がっていますよね。

 

石井:そうですね。

 

杉本:当時はちょっと紙面の落差が大きかった印象があるんですよ。

 

石井:そうですね。

 

杉本:読めるところと、まあそんなに大人としては読まんでもいいかなっていうのがありましたけど。いまはもう全体のクオリティーは相当高いですよね。

 

石井:ありがとうございます。

 

杉本:いや本当に良いものになっていると思うんですよ。これは部数が厳しくなってきた間もこのレベルでやっていた感じなんですか?

 

石井:クオリティに関しては、部数に関係なく、すこしずつ上がってきたんではないかなと思います。不登校新聞の創刊当時、「不登校だけで月2回も発行できるのか」と当時の編集長が言われたそうなんです。

 

杉本:(笑)。

 

石井:当時の編集長は山下耕平です。山下は、もともと東京シューレのスタッフで、私がお世話になったスタッフのひとりでした。山下が「不登校だけで新聞は出せない」と言われ、その後、感じたのは「書くことはあった」と。書くことはあったけれども、発行に関するスキルは、「定期刊行するスキルには達していなかった」と。これはよく聞かされました。

 

杉本:なるほど。

 

石井:山下は「新聞づくり」のスキルとしては、大学時代の学生新聞づくりで多少のスキルを持っていました。創刊メンバーのなかでは、一番、経験が豊かだったわけですが、冷静に考えれば無茶な設定ですよね(笑)。創刊時、山下らは必死で新聞をつくった。創刊号を発行して「やっと終わった」と思ったら、2週間後に第2号を出さなければいけない。当たり前のことなんですが、その当たり前を想定していなかった。「どうしよう、取材もしてないし、準備もしてないし、次号なんて出せない」と。山下はかなり冷静な人なのですが、このときの「絶望感」は大きかったようで、よく話してくれました(笑)。

 

杉本:それは本当にリアルな話ですね。

 

 

 

読者によって育ててもらった新聞

 

石井:ですから、不登校新聞は「読者が育ててくれた新聞」だと思っています。私自身も、記事を書くようになってから「記者とは何か」を見いだせず、悩んでいたときがあります。そんなときに、インパクトが大きかったのが思想家・吉本隆明さんへのインタビューでした。吉本さんは「素人でいいんだ」と。吉本さん自身、「僕はいろんな社会現象に発言しているけど、ぜんぶ素人として、これをどう見たらいちばんいいのか、と考え発言してきました。でも、それでいいんだと思います」と。私はそういう取材相手の言葉に支えられながら、「ニュースとは何か」「当事者発信とは何か」を取り組ませてもらいました。そのなかで多少はクオリティがあがってきたのではないかと思います。昔の自分の記事を読むと、本当に恥ずかしくて読めないレベルだなと思ってしまいますし・・・

 

杉本:(笑)

 

石井:何書いてんだよ~(笑)ってね。でも一方では。

 

杉本:出したっていうことの凄さですよね。

 

石井:そうです。そうです。

 

杉本:よくぞ出してくれた!不登校新聞。「そうだよ。俺も不登校だよ、経験しているもの、わかるよ」っていうね。だけどそれ以上に非常によくわかる話ですね。次、継続しなくちゃいけないってこと。大変なことなんだ。だいたいこちら、読み手はそんなこと考えませんからね。

 

石井:そうですね。

 

杉本:毎月2回出るんだろうみたいな姿勢で。半年分ぐらい購読料先に払ってね(笑)。

 

石井:出なかったら?みたいな。

 

杉本:詐欺だろうっていう(笑)。でも、山下さんはそういう風に素材はあったと?

 

石井:そうです。

 

杉本:書くものはあったけど力量が追いつかないっていうことは、素材の資源は山ほどあって、あとは記者のポテンシャルの問題だけという認識だったんですね。

 

石井:そうですね。

 

杉本:なるほどねぇ。そして石井さんが編集長になられたのが何年からですか?

 

石井:そもそも入社が2001年で、2006年に編集長になりました。

 

杉本:石井さんはちなみに何年生まれでしたでしょうか?

 

石井:82年3月19日生まれです。

 

杉本:じゃあ24歳の時に編集長。おお、すごく若い時に。

 

石井:そうなんですね。

 

杉本:その当時山下さんって30ぐらいになっていたんじゃないですか?

 

石井:そうですね。山下がちょうど10歳上なので。

 

杉本:ひと回り上ですか。

 

石井:はい。創刊当時は山下がまさにそれぐらいの年齢だったと思うんですよね。98年ごろは20代半ばだと思います。

 

杉本:20代半ばになるぐらい。で、まあ、山下さんはあの通り文章もたいへん達意の人ですしね。何で5年で辞められちゃったんでしょうか? 不登校新聞。

 

石井:いま彼自身がやっている「なるにわ」を始めたのがきっかけです。その当時、ひきこもりや若者の就労などが、再度、クロースアップされてきました。当時、私と山下間では「大人の生き方まで問われるようになっていないか」と話していました。そんななかで、山下は、不登校新聞ではなく、実際に場をつくって取り組めないだろうか、若者の居場所は必要なのではないだろうか、と思っていたんだと思います。当時、私に対しては「いま目の前にある若問題を無視して新聞づくりはできない」というようなことを言っていた気がします。

 

杉本:実践の方へ向かっていったわけですね。

 

石井:そうです。

 

杉本:で、24歳で石井さんに編集長やってもらえないか?っていう話の中でね。正直まだちょっと若すぎないかみたいなことはなかったのかしら?

 

石井:いや、あったと思いますよ。

 

杉本:任せられる、ってやっぱり思ったのかしら。

 

石井:どうなんでしょうね。そもそも編集部に入ったのが19歳で、その段階ですでに若いんですよ。

 

杉本:そうですね。若いですね。高卒して入社するぐらいのレベルですよね。一般論から言うと。

 

石井:そうです。まさにそのレベル。ただ、編集長としても、記者としても、「石井が若すぎる問題」は常にありましたよ(笑)。すーっとまわりのサポートは受け続けてきました。たぶん不登校新聞社の中で、誰よりも多くのミスを重ねてきたという自負が私にはあるんです。もちろん、アルバイトの方も含め。偉そうに言うことはではないんですが(笑)。ただ、本当にたくさんのミスを重ねて。で、まわりにもいっしょに謝っていただき、支えられながら今まで来ました。

 

杉本:よく逃げませんでしたね。

 

石井:あんまり考えてないんですよね(笑)。でも、いまでもダブルブッキングしちゃったり、取材に行って写真を撮り忘れたり、掲載紙を送り忘れたり、いろいろやっちゃってます。

 

杉本:やること、頭の中で考えなければならないことが多すぎて、時折まとまらないんじゃないですか。

 

石井:(笑)

 

杉本:他にスタッフは小熊さんと茂手木さん。大人3人ですよね?

 

石井:ええ。

 

杉本:編集部員のみなさん、相当大変なんでしょうけど。

 

石井:ええ。ただ、とにかく私がとびぬけて(ミスが)多いっていう。

 

杉本:やっぱり人格者として編集長に任されたというか、心意気ですかね。心意気でやりたまえ、という感じでしょうか。

 

 

 

大丈夫くんが存在する

 

石井:当時は実質、最後まで編集できるスタッフが2人しかいなかったので。

 

杉本:それは、山下さん?

 

石井:山下と私ですね。

 

杉本:2人?(笑)。

 

石井:2人です。新聞づくりというのは、次号の青写真をつくり、取材し、執筆し、レイアウトをして、見出しをつけて、校正し、入稿します。これらを全部「一人でやれ」と言われて、一人でできるのが、当時の編集長の資格だったと思います。それができたのが当時は山下のみ。「慣れていけば」という条件付きで、私にもその可能性がありました。なので、山下が辞めたときに、いろんな条件を引き受けられるのが私しかいなかったんですね。

 

杉本:新聞っていうものの形態に関するスキルはその時、石井さんは身につけていたんですか?

 

石井:そうですね。

 

杉本:よく「編集」っていう仕事の人たちがやる組版とか、何段組みとか、そういった、技術的な部分はもう石井さん的にはだいぶのみ込めていた?

 

石井:ある程度は解っていたんですが、編集長を引き継ぐときに、全体像が見えてきたという部分は強いです。半年間ほど「編集長養成期間」みたいなものがありまして(笑)。その期間に、「ああ編集長は、こんな仕事をやっていたんだ」と(笑)。なので、仕事がわかっていたから編集長になったというより、編集長になるときに全体像が見えてきたと。で、山下さんも、引継ぎは苦労したみたいです。私、文章を書くのが下手なんで。

 

杉本:ええ~?そんなことはないでしょう。

 

石井:「てにおは」が非常によくないんです。だから、記事を書いたら、毎回、山下がていねいに赤入れをしてくれていました。たぶん、山下は校正をやりすぎたんでしょう。ある日、彼が朝日新聞を読んでいたら、記事に赤入れを始めたんですね。

 

杉本:(笑)。

 

石井:「志昂、また間違えてるよ」って思ったらしいんです。

 

杉本:校正マニアだ。もはや(笑)。

 

石井:なんかご苦労されたんだなって言ったら、きっと怒られますが(笑)。

 

杉本:ははは(笑)マス・メディアの新聞紙を校正?

 

石井:確かにそれはおかしかったんですよ。つっこみ入れて赤入れて。

 

杉本:そしたら石井さんは安心ですよね。俺だったらそこまでしない。ちょっとスキル高すぎるよねって。

 

石井:そうですね。すべてにおいて、編集スキルは実践で身に着けていったという感じです。。

 

杉本:いや~、石井さんはたくさん修羅場をかいくぐってるようですけど、山下さんも相当修羅場くぐりのようですね。

 

石井:そうです。引継ぎの期間も、「てにおは」とか「記事の書き方」は主題ではありませんでした。一貫して、山下から言われたのは「決断」です。「編集長になって決断することが多くなったが、あなたはまだ『決断』というものがわかっていない」と山下から私はよく言われてきました。この点は半年間、一貫したテーマだった気がします。

 

杉本:ビビリませんでした?引き受ける。自分がもう覚悟せざる負えないなって感じ?

 

石井:う~ん。実際は何を言われているのか、よくわかってなかったですからね。

 

杉本:(笑)若さの特権ですよね、そこは。

 

石井:基本的にはいつもそうです。つねに楽観視してしまう。

 

杉本:「大丈夫くん」が存在するというか。

 

石井:大丈夫くん存在しますね。で、取材へ行ってみて「あれ?たいへんじゃないか」みたいな。

 

杉本:あはは(笑)。

 

 

 

吉本隆明さんへの取材

 

石井:吉本隆明さんの取材は就職してすぐの19歳でした。取材許可が降りると、ザワついたのが周囲でした。「その人は戦後最大の思想家だぞ」とか。

 

杉本:うん、うん、うん。

 

石井:私自身は週刊文春かプレイボーイか、とにかく週刊誌で吉本隆明さんのエッセイを読んだんです。

 

杉本:あっそうですか。

 

石井:吉本さんは当時、その後に発行するひきこもりの本の骨子を書かれていたんでしょう。私は、エッセイを読んで「これは」と思い、取材に行ったんです。ですから、非常に失礼な話なんですが、吉本さんのことを「年配の方だな」ぐらいの認識しかなかったんですよ。

 

杉本:ひきこもりに理解のある年配の人。

 

石井:そう(笑)。たぶん、その意識はまわりの大人たちにも伝わったんでしょうね。「ちょっと待て、この子を吉本さんに会わせられるか」「何かあったらどうしよう」と、当然、不安に駆られたんだと思います。

 

杉本:でも山下さんも行かれてるんでしょうね。当然。

 

石井:行ってないです。

 

杉本:あっ、そうなんですか。石井さん一人?

 

石井:えっと私が最年長の19歳で、あと3人ほど。

 

杉本:あっそうか。子ども若者編集部として行ったんだ。

 

石井:そうです。

 

杉本:へえ~。19歳、最年長で。

 

石井:あとは18、18、17ですね。

 

杉本:凄いな!それは(笑)。それは確かに凄い。山下さんが行っているなら別に驚きはないけど。え~!

 

石井:そう、そういう感じです。

 

杉本:よく行かせましたねえ。

 

石井:よく行かせましたよね。本当に(笑)。

 

杉本:手、離せなかったんですか?山下さんは。

 

石井:山下は当時まあ大阪にいたのもあって、もちろん手を離せなかったこともありますし。

 

杉本:えっ?でも編集長されてるんですよね。

 

石井:え~と、東京、大阪、名古屋に事務局があって。山下は大阪で、私が東京だったので。

 

杉本:ほう、分かれてたんだ。そうすると最終的にまとめるのはどういうやりとりで?

 

石井:もうメールや電話で。

 

杉本:記事も?

 

石井:記事もそうです。

 

杉本:パソコンですかね。最終的に組み上げ版みたいなのを作るのは、編集長の山下さん?

 

石井:そうですね。

 

杉本:で、吉本隆明さんの記事を書いたのは石井さん?

 

石井:え~と、私が途中までと言ったらいいんですかね。あの~、ちょっと理解力が追いつかなくてですね。

 

杉本:ああ、そうかもですねえ。

 

石井:で、テープ起こしをして、山下から「それ、口で説明するのは難しいから」と言われて編集をし直してもらって記事にしました。あの~、まあそういう形です。

 

杉本:その時は全部起こしたんですか。

 

石井:もちろん話は全部。

 

杉本:なかなか難しい表現とかも多かったでしょうね。どう若い人に伝えようと思っても、あの吉本隆明さんですから。表現はどっかで難しいものにはなるでしょうね。

 

石井:一番難しかったのは同じことを3回言うことでした。紙面には反映されてませんが、吉本さんは、インタビュー中に、言い方を変えて3回、同じ趣旨の話をするんですよ。

 

杉本:へえ~。

 

石井:おそらく自分で話しながら言葉を探されているからだと思うんですけど。

 

杉本:なるほど。

 

石井:聞いてる側としては同じことを3回も言われるので、わけがわからなくなってくるんです。

 

杉本:現場でわかるんですか?「ああ、3回同じこと言ってる」って。

 

石井:うんうん、そうです。だいたい3回ぐらい言い直して…。

 

杉本:言い直し?

 

石井:そうですね。同じことを3回ずつ。もちろん、聞き直せば語尾だとか、趣旨を若干、修正しながら、言い直していました。話のテーマが飛ぶこともあってね。そんな取材が4時間ほどあったんですけども。

 

杉本:それはずいぶん時間いただけましたね。

 

石井:いやー、たいへんでした、正直(笑)。人って話の内容についていけないと、眠くなっちゃうんですよね。なので、われわれ取材陣にはものすごい睡魔がね(笑)。

 

杉本:(笑)

 

石井:実際寝た人います(笑)

 

杉本:あっはっは(笑)途中でね、コックリ、コックリ。

 

石井:そう。

 

杉本:吉本さんのご自宅ですよね。

 

石井:はい。

 

杉本:でも吉本隆明の文章は難しいけれど、座談で出会う吉本さんは非常に優しいとか。

 

石井:そうですね。

 

杉本:みんな、吉本隆明に一言いってやろうくらいの批評家精神みたいので行っても、優しさに触れてファンになって帰ってくるとかっていう話をちょっと読んだことあるんですけど。優しい方でしたか?

 

石井:すごく優しい方でしたね。

 

杉本:語り口はゆっくり、ゆっくりしてるんですか。

 

石井:あのね。語り口は江戸っ子なんです。

 

杉本:あっ、江戸っ子の語り口なんだ。

 

石井:なので、むしろ江戸っ子の。

 

杉本:べらんめえ。

 

石井:べらんめえですね。かなりべらんめえでしたね。

 

杉本:へえ~、べらんめえだと優しさがわかる・・・

 

石井:そうです、そうです。だから粋だというところが一番大きかったですね。

 

杉本:そういったところがやっぱり愛されるんですかね。

 

石井:そうですね。

 

杉本:聞いてみたいものですね。そういう生粋の江戸っ子弁っていうのはね。

 

石井:「だから、おめぇは」みたいな。そのレベルでしたね。

 

杉本:うんうん。つっこみ入れる系みたいな。

 

石井:そうです。

 

杉本:そうすると、こちらで質問するってのは難しいですよね。あれだけの大思想家相手にね。

 

石井:そうですね。

 

杉本:「そうは言うけど」って関単に言えるような、そんな突っ込みようがないぐらいな。

 

石井:突っ込みようがないし、話がどこにいっているのかもつかめない。

 

杉本:(笑)そうですか。まあ吉本さんの話からそういう思い出。それが編集長になる前に起きた大きなこと。

 

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