中井久夫と父親

 

杉本:本日は『中井久夫との対話』という村澤先生御兄弟(真保呂・和多里)が書かれた本をもとに、中井久夫さんという精神科医の臨床哲学のお話を伺えればと思います。中井久夫さんと村澤先生のご兄弟との関係がちょっと特別なところがあるので、まずはそのあたりからお話を伺えれば。

 

村澤:中井久夫さんとの関係はこの本にも書いたけど、まず父親が友だちだったということですね。昔から中井さんの話はよく聞いていたんですけど。実際に会うことはそんなになかったんです。自分が子どもの頃は父親と母親は中井さんと時々会ってたみたいだけど、そういうときはだいたい僕たちは家に置いていかれるから。

 

杉本:そうですか。中井さんのところにはご両親だけ出かけて?

 

村澤:まあ中井さんと一緒に食事とかね。

 

杉本:ご両親二人で?

 

村澤:二人とも。母も父もね。

 

杉本:それは和多里先生が幾つくらいからそんな感じだったのですか。

 

村澤:そこはこの本にも書いたんだけど、もともと中井さんは学生のときからの父親との仲があって。ふたりとも京大で、父親は結核でだいぶ長いこと在籍して居て、父は6年くらいかけて京都大学を卒業して、片や中井さんも結核を経て医学部へ行くわけで。大学に長いこと居るわけでしょう?かつウチの父親は中井さんに比べて結核が重かったんです。だから2年間父は休学していて。中井さんは1年かな。

 

杉本:中井さんは半年療養していたみたいですね。本によれば。

 

村澤:そうですね。で、1年遅れて復学になってますから。ウチの父も一応復帰したのは2年生だけども、そのあとも断続的に休学してて。で、父親はこの本を書くまでぼくは知らなかったんですけど、湯川秀樹にあこがれて京大の理科学教室に入ったんですよ。だけど湯川秀樹に対しては印象が悪かったらしくて、湯川秀樹の研究室にいたということは死ぬまでぼくたちに言わずに亡くなったんです。

 

杉本:そうなんですか。

 

村澤:で、今回父の日記とか見たらそういうことが書いてあったから「ああ、そうだったんだ」って思ったんだけど。母親は知ってたと言ってました。

 

杉本:それはそうでしょう(笑)

 

村澤:「あんたたち、知らなかったんだ?」と言ってましたけどね。

 

杉本:なるほど。で、そこそこ村澤先生が物心ついてからご両親はふたりで中井さんと食事したりしていたんですか。

 

村澤:まあ、3,4年に1回くらいは中井さんと食事したとか、呼ばれたとか。

 

杉本:お互い忙しいということはあるのでしょうけど、それほど頻繁に会っていたというわけでもないんですね。

 

村澤:うん。だからむしろ父が学生の頃には毎日。ふたりは一緒に住んでたわけだから。

 

杉本:下宿に。

 

村澤:お寺の中のお坊さんが修行するみたいなところで隣の部屋同士だった。

 

杉本:宿坊みたいなものですか?

 

村澤:宿坊ですね。宿坊に間借りしてたんです。たぶんたまたま安かったから。

 

杉本:そのときは京大で、住まいは京都ですかね。

 

村澤:京都ですね。

 

杉本:それでは宿坊があるでしょうね。京都ですからね。で、学生時代は中井久夫さんと。

 

村澤:うん、ずっと住んでいた。

 

杉本:村澤さんのお父さんとは一緒に過ごしていて、議論したり教養を高め合ったりしていた…。

 

村澤:ウチの父は当時結核だと就職差別があったから、結核患者の人はまともな就職はできない。中井さんが医学部に行ったのはひとつにはそのこともあると思います。

 

杉本:なるほど。中井さんはもともとは法科で入っているわけですよね。僕も先生たちの本を読んで中井先生自身が結核になったことでウィルス関係の研究のほうに行った、医学系のほうに移行したのかなと思ったんですけど。それだけではなくて、普通の就職先は難しいこともあったのでしょうか。

 

村澤:それもあって医学部に行ったのと、あとね。ウチの父と仲良くなってウチの父は理系だったので、文系をどこかで見下してた。「お前は文系だからな」と言ってバカにしてたらしいんですよね、中井さんのことを。それで怒って理系に行ったという話も。

 

杉本:ほお~。

 

村澤:ということも、ウチの父親は言ってましたけど、どこまで本当かは分からないけど、それももしかしたらあったかな?という。

 

杉本:すごいですね。村澤さんのお父さんは。偉大な中井久夫さんを。

 

村澤:(笑)ウチの父に言わせると、中井を医者にしたのは俺だ、と。

 

杉本:すごいなあ(笑)。

 

村澤:(笑)本当かどうかわからないですけどね。

 

杉本:村澤先生もね。どこか育ちがよさそうな人だなと思っていたら。やっぱり。

 

村澤:そうですよ。

 

杉本:否定しないですね(笑)。やはりお父さんがそういう方だったんだなあと改めて思いました。

 

村澤:まあ、実は父親をおじいちゃんが自分の会社の後継者にしたいと。あの、I産業って知ってます?

 

杉本:いえ、知らないです。

 

村澤:I.H.というI産業を経営していたA級戦犯がいたんだけど。戦争協力をしたというか、要するにマレーシアとかあちらの鉱山はその会社の鉱山で、そこから鉄とか軍需物資とかを調達していたので、その会社と軍需産業は一体だったんです。おじいちゃんも学者なんだけど鉱物、とくに金属とかそういうものについての専門家だったので、I産業の鉱山や資源をどういう風に利用するかという研究をしていたんですよ。父親が高校生のときにおじいちゃんは死んじゃったので当時はもういなかったんですけど。おじいちゃんの後継者だということで会社に拾ってもらったんです。

 

杉本:それは村澤さんのお父さんが京大を出たあとですか?

 

村澤:うん。就職差別があったので、まともな就職ができなくて。

 

杉本:その前は研究者を目指していたわけでもないのですか?

 

村澤:いや。研究者は目指していない。そもそも研究者を目指しているというよりも学費自体をおじいちゃんの会社が面倒を見てくれていたから卒業したら就職するという約束があったんです。他のところでは雇ってくれないからI産業に行ったんです。だけど会社に入るとおじいちゃんの派閥というのは傍流になっていた。父親が入っても持て余されて、それで体よく東京大学の研究員職があるから「君はそっちに行っておいで」みたいな感じになって、東京大学の研究員として内地留学みたいな形になったんです。そうしたら、たまたま中井さんも東大の分院に行って。大学を卒業して東京に行ったら中井さんもほぼ同じ時期に東京に来た。お互いに知り合いもいないからまた一緒に。

 

杉本:付き合いが再開した。

 

村澤:そんな感じになったんですよね。そうしているうちに父親がウチの母親と出会って結婚する方向に行ったんですけど。ウチの母親の兄という人が杉山恵一という人なんですが、昆虫学者なんです。カミキリ虫の触覚に付く菌類を研究してて、菌類の研究とウイルス研究の人ということで中井さんとも意気投合して。趣味が似てたんですね。

 

 

 

おじさんのような間柄に

 

杉本:村澤先生のおじさん、つまりお母さんのお兄さんとも中井さんが親しくなったんですね?

 

村澤:ウチの父親、母親を介して中井さんと杉山恵一さんという人も何となく一緒にいるグループ、みたいな。

 

杉本:なるほどね。幸せですね。

 

村澤:たぶんそれはすごいことだったんだろうなと思うんですけどね。

 

杉本:そうですよね。お母さんは東京の人ですか?

 

村澤:静岡ですね。まあ母親の家系というもちょっとおかしくて。もともとは栃木なんですよ。

 

杉本:ああ~。そういえば栃木に取材に行ったとき、言ってましたよねえ。

 

村澤:そう、栃木で田中正造の後援をしてて財産を使い果たしてしまって、その家は結局破綻した。そこで息子たちは静岡に丁稚奉公に行く形になる。で、丁稚奉公に行った先の家のお嬢さんと結婚したのが母方のおじいちゃん。

 

杉本:なるほど。そのおじいさんという人も丁稚奉公とは言え、かなり…。

 

村澤:まあ、優秀な人だったと思う。そのようなことですね。

 

杉本:NHKのファミリー・ヒストリーみたいだ()。すごいですね。

 

村澤:でまあ、東京に行った後も、父親が三重の四日市に転勤になってしばらくして名古屋に中井先生が来て、父親が今度四日市から大阪の伊丹のほうに転勤になると、それから5,6年して中井さんも神戸大学に来て、という感じで。まあ、常にね。

 

杉本:移動が同時期なんですね。

 

村澤:同時期で。多少時間が5~6年ずれることもあるんですけど、そんなに間を置かずずっと一緒で。最終的に伊丹にぼくたちの実家があるんですけど、中井さんが育ったのも伊丹だという。

 

杉本:あ、そうなんですか。

 

村澤:ええ。何となく生涯を通じてつかず離れずのような感じ。逆に言うと父親とか、母からすると子育てに忙しい、お互いに子育てに忙しかった時期はあんまり会わなかったけれども、それ以外の時期はしょっちゅう会う人だったということですね。

 

杉本:うん、うん。近しい人なわけですね。中井さん側から見ても。

 

村澤:そう。で、僕からしたらね。小さいころは見なかった。小さい頃は名前は聞くけど会わない人という感じだった。

 

杉本:しかしご両親にとってみるとごく普通に。

 

村澤:そう。両親とか中井さんからすると逆に子育てに忙しかった時だけ会わなかった友人で、ほかのときは普通に会っていた関係。

 

杉本:それで村澤先生のお父さまが亡くなられて、多少疎遠になってからもう1回中井先生のほうから声がかかったというのはそれだけ距離が近いというか、友人としても家族的な付き合いとしても中井先生の側から見て相当近い立場の人なんですね。ですから友人の子どもだけにやっぱり可愛いというか(笑)。目をかけてあげたい。おじさんとしては目をかけてあげたい。

 

村澤:そうですね。

 

杉本:話を聞いているとそうですね、おじさん並みの近さですよねえ。

 

村澤:(笑)そうですね。おじさんに準ずるくらいの。

 

杉本:血縁ぐらいのね。

 

村澤:感じの人ですね。

 

杉本:でまあ、実際の血縁では昆虫学者のかたもいらっしゃる。

 

村澤:だから、ぼくには杉山のおじさんと中井さんはそんなに距離としては変わらない感じですね。

 

 

 

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この本の最初に第6章があった