若原正巳さん(理学博士) 生命、不思議で面白い世界

 

 

 

系統樹

杉本 私自身、生物学とか理系に関することはずいぶん苦手意識があったんですが、今回、若原先生が準備されている新しい本の目次を見せていただいて、人間の社会とか日本人の文化の話が出てきて、改めてインタビューのタイミングに合っているなと思いました。ですから、「これは話をぜひ訊いてみないといけないな」という気持ちが強まったんです。同時にやはり人間も生きもののひとつですので、先生のご専門である「発生生物学」という観点を通して、私などは人間は動物の中でも特異だなと思っているのですけど、とはいえ、普通の原始的に見えるような生物と同じ原理で誕生してくると思いますので、そのあたりから伺えればと思いまして。実際問題、そこら辺は私自身すごく苦手な、理解していない部分が多い分野ですので。

 

若原 いま用意している本の目次は事前に渡しましたけど、その原稿の中には図を使っていて、その図が非常にわかりやすいと思っています。例えば「系統樹」というのがあるんだけれども。

 

 

 

 地球上にいる動物を全部網羅していくと、どちらかといえば未分化というか、昔の言い方では下等な動物で、上に行くに従ってまあ高等。これをひとつの樹であらわすんですが、その中で系統が大きく二つに分かれます。例えば、知られた名前からいくとイソギンチャクとかプラナリアとかね。そういうものはまだ二つに分かれていない。まだ系統樹の幹のところにいるんだけれども、それがどんどん進化していくと、「旧口動物」というグループと「新口動物」というグループへと大きく分けられます。その旧口動物の頂点にいるのがいわゆる昆虫で、バッタ、ハチとかそういうものだけれど、この系統のものと、それからもう一方で新口動物という別の系統へ行ったのがいて、そこの頂点にヒトがいるわけです。でも元をただせば全部同じひとつの幹から生えた枝なのであって、その片方に昆虫みたいなのがいて、もう片方に脊椎動物という背骨のある動物がいるわけ。地球を支配しているのは人間だと思われてるけれども、人間が一番進化していてバッタなんかは全然進化してないという考え方がありますが、進化の程度から見ると、どっちがより進化しているとか、どっちがえらいかとか、ほとんどいえないんです。昆虫は昆虫なりにすごくうまい仕組みで地球上に存在しているし、個体数からみれば一番多いわけですよ。

 

杉本 そうですね。

 

若原 人はいま75億人とかいってるんだけれども、昆虫の個体数とかはもう問題にならない。一人当たり何匹くらいの昆虫がいるのかといったら、2億匹いるという話。

 

杉本 1人に対して2億?

 

若原 うん。

 

杉本 それはすごいですね。

 

若原 もう、天文学的な数字。つまり地球でいま一番はびこっているのは昆虫なんです。人間は威張っているけれど、昆虫のほうがすごくはびこっている。大変にうまい戦略でね。で、人間も含む脊椎動物は体を大きくして脳が大きくなるほうに進化したものなんです。それに対してこちらはあまり身体を大きくできない体制の関係で。呼吸の仕方も違うし、こちらはそもそも外骨格なんですよ。

 

杉本 外骨格というのは?「外の骨」、みたいな感じですか?

 

若原 そうそう。骨格がね。

 

杉本 外側の骨格が硬くなっている?

 

若原 うん。そうそう。外骨格という言い方があるんだけれども。それに対して我々は内骨格なんです。骨が体の中にある。

 

杉本 ああ、はい。骨が中に入っています。

 

若原 例えばエビとかカニは全部が外側に骨があって硬いわけ。これを外骨格という。だから「旧口動物」はこっちなのね。旧口動物は外骨格で生きてくわけ。

 

杉本 なるほど。

 

若原 内骨格を発達させたのは「新口動物」というグループ。それに対して外骨格は外側に骨がはめてあるからあまり身体を大きく出来ない。SFとかででっかい昆虫が出てくるけれども、実際の外骨格ではそういかないんです。だからこっちは小型化で、成功するタイプ。それに対して内骨格を採用すれば身体をでかくできる。

 

杉本 なるほど、なるほど。

 

昆虫のコミュニケーションネットワーク

若原 だから大型化することで一番成功したのは恐竜の仲間でね。50メートルくらいあるスーパーサウルスみたいなのもある。

 相当でかいのがいて。哺乳類はその際には隠れていたという話なのだけれども。恐竜のように大型化にいくか、昆虫のように小型化するかでね、小型化で成功したのが昆虫なのです。だから小型化すると脳がものすごく小さいんですよ。原稿には「微小脳」と書いているけれども、昆虫は一個一個の脳はすごく小さい。それに対して大型化した哺乳類やなんかは脳がどんどん大きくなって。こっちは脳でいえば巨大脳。「微小脳」とは変な言葉だけど、でも小さい脳でもみんなでコミュニケーションしながらすごく大きな帝国みたいなのを作り上げている。だからいまインターネットで我々はつながっているんだけれども、昆虫もすごいコミュニケーションネットワークが発達していて「匂い」とか「光」とかいろんなもので通信している。まあ「匂い」が多いかな?そうやってひとつの社会を作り上げている。それは大変にうまい仕組みなんだけども、人間はそのシステムを採用せずに巨大脳を採用することにより成功していった。微小脳の昆虫たちはちっちゃいにもかかわらず沢山の個体を集めて、例えば「シロアリ」なんかは百万匹でひとつの集団を作ってるんですよね。もし、見習うとすればその昆虫が使っているネットワークみたいなものの中にあると思うんですよ。

 

リーダーなき帝国

若原 例えば「ハキリアリ」なんていうのも百万匹で農業やったりしてるんだけれども。大変な数の集団を集めて、その一匹一匹はあんまり能力はないんだけれども、彼らのネットワークを通じてひとつの作業をやっていく。それを人間が真似をすればね。彼らのようなネットワークの方法を使ってやればもっともっと大きな良い仕事が出来るんじゃないかな?将来的にはね。例えばミツバチ。ミツバチというのは集団で生活していて、蜜を集めに行くでしょう?そして帰ってきてその蜜でエネルギーとったり、女王を育てたり、子どもを育てたりいろいろな仕事をやっているんだけれども、そこには誰も指揮者がいない。

 

杉本 ああ~。リーダーみたいな存在がいない。

 

若原 そう、リーダーがいない。女王がリーダーか?といったら女王は全然リーダーじゃない。女王蜂は卵子を産むだけ。ただ世話してもらって、「あれをやれ、これをやれ」ということは誰もやってない。誰もやってないんだけれども、ちゃんとうまく仕事が進んでいくんだよね。だから中心がないけれど統一のとれた仕事ができる。

 

杉本 へえ~。

 

若原 ハキリアリもそうでね。彼らは葉っぱを取りにいって、必死に持って帰ってそれにキノコを植える。キノコを植えてそのキノコを食べるんだけれども、そのハキリアリはとってきたものをそのままでは食べられない。消化できないから。

 

杉本 あ、なるほどね。

 

若原 その葉を噛み砕いていってダンゴを作る。ダンゴにして、カビをはやす。そのキノコを食べる。いわば農業なの。

 

杉本 へえ~。

 

若原 こんな小さなアリがそんな仕事をやってる。百万匹集めて。誰が教えたわけではなく、取りに行くやつは取りに行き、敵が来たら戦う。それから道が汚れたら掃除する。いろいろな分業をやってるんだけれども。うまいことにちゃんとキノコを育てて食べてるんだよね。その際「お前、今はこれだよ、お前はこれだよ」って指示するものは誰もいない。誰もいないけれども、一匹ずつコミュニケーションして働きにいって帰ってくるということをやっていて、うまい仕組みを発達させている。

 だから人間は脳で判断して各個人がやるけれども、もっと広げていえば、いま政治にしても軍隊にしてもトップがいて、トップが命令しているでしょう?トップは普通、選挙で選んだりするんだけれども、選挙で選ばなくても、たとえば会社の社長なり何なりが指示してそれにもとづいて仕事をやっているでしょう?それが最終的に今の世の中の仕事の形だけれども。ところが社会性昆虫の場合は、誰が代表だとか、誰が偉いとか、誰の指示だとかでは無くて、みんなでコミュニケーションしながら、いま流行でいうとクラウド・ネットワークみたいにやっている。人間社会でもそうしたシステムで意思決定をして、世の中が進んでいくというのが出来ればね。それは夢みたいな話だけれども。昆虫のネットワークを参考にしてやろうと思ったら出来るんじゃないかな?人間の将来を考えたときにはね。

 

杉本 それは面白いですね。

 

旧口動物と新口動物

若原 うん。それでね。この旧口動物、新口動物という名前はね。なかなか変な名前でしょ?口が古い、と書いてあるわけです。そして新口動物というのがある。どうしてこっちが新口動物で、こっちが旧口動物かというとね。これは発生に関係してるんです。このあたりが僕の専門の分野なんだけれども。高校ではウニの発生をやるんだけどね。まず卵があって、卵子と精子で受精するでしょ?受精すると発生が始まるわけね。細胞が2つになり、4つになりという風にどんどんどんどん細胞分裂していって、最後は『胞胚(ほうはい)』という、細胞が「一層」の集まり、ボール状になる時期になります。分裂して。で、この「胞胚」という特定の時期に何が起こるかというと、これはまだ一層なんだよ。細胞が一層しかないんだよね。だから何が筋肉になるか、何が目になるか、何が腸になるかは決まってない。

 

 

 

 

 

杉本 そうですか。

 

若原 まず「一層」の細胞ができちゃう。そのあとに例えば目になる細胞とか、腸になる細胞とか、筋肉になる細胞とか、将来的にできないといけないでしょ?

 

杉本 そうですね。

 

若原 こういうのを細胞が「分化する」というんだよね。

 

杉本 分化、ですね。

 

若原 細胞分化というんだけども、この細胞分化で一番最初に起こることは「腸を作る」ということなんです。

 

杉本 最初は「腸」を作ること。

 

若原 胞胚の細胞がめり込んでくるんだ。ここを「原腸」という。ヘンな言いかただけれども、原腸が「陥入する」というのね。「原腸陥入」というわけ。そして、これがもっと行くと、この外側の細胞が出来てくるんだけど、ここを外胚葉(がいはいよう)というのね。そしてこの内側に出来てくるやつを内胚葉(ないはいよう)というのね。で、ここではじめてここで細胞が外側の胚葉と内側の胚葉で細胞が二層に分化してくるんだ。で、真ん中に中胚葉(ちゅうはいよう)というのが出来る。そして真ん中に管が出来てくるんだけど、これが「原腸」。原腸という腸なの。

 

杉本 まず腸ですか。

 

若原 そう。これが腸になる。で、「原口(げんこう)」。ここから始まるから。で、ここは原口が陥ちこむ所なんだけれども、これがそのまま口になる。これを「旧口動物」という。

 

杉本 口になる生きものが。

 

若原 そう。原口がそのまま口になる、というグループがあるんだ。昆虫なんかは全部これなの。

 

杉本 なるほど、なるほど。

 

若原 昆虫とか、イカとかタコとか、ミミズとか。全部、このタイプ。原口が陥ちこんだ部分が口になっていて、原口そのままが口になる。肛門はその逆に出来てくる。

 

杉本 うん。反対側のほうに。

 

若原 反対側に。肛門が反対側に出来てくる動物がいるわけ。ところがウニはどうなっているかというと。原口がウニの場合、ここが「腸」だからね。ここが腸の入り口と出口なんだけれども、ウニの場合はこれが口にならなくて、ここが肛門になっちゃう。口は反対側に出来ちゃう。新しく口ができるんだ。だからウニの場合は原口が口にならずに、肛門になるんだよ。お尻になっちゃう。口は新しく、反対側に出来るんだ。だからウニは口が新しく出来るので、これが「新口動物」。旧口動物はもともとの口が口になる。われわれ新口動物は、もともとの口が肛門になってしまう。本当の口は反対側に出来てくる。だからこのグループとこのグループは発生の仕組みが違うんだよ。

 

 

 

 

 

杉本 真逆ということになりますね。

 

若原 そう、真逆ということなんだよ。その結果なにが起こるかというと、「神経」のできかたが違ってくるんだ。

 

杉本 なるほど。

 

若原 神経系は、我々は背中に出来てくる。

 

杉本 ああ、そうか、そうか。

 

若原 脊髄。背中に背骨があるじゃない?背骨の中に神経がある。それを「脊髄神経系」という。背中側に神経ができる。ところがミミズ、ヒル、バッタ、エビ全部、「腹側」に神経がある。裏返しだから。口ができると、肛門ができるのと逆側にできるので。神経も逆になっちゃって。我々は背中側に神経があるんだけれども、それが裏返しになっている昆虫は、腹側に神経がある。結局、裏返しなんだよね。

 

杉本 ふむ、ふむ。

 

若原 というのがあるんだけれども。その関係なのかどうかわからないけど、脊椎動物は内骨格を採用したことによって大型化することができて、脊髄が背中側にできてきて、その先端が「脳」になるわけでね。そのために大きな脳ができてきたんじゃないのかといわれてるんだよね。これはね。なかなか不思議というか、面白いところだろうなあとは思っているんだけれども。

 この生命の成り立ちの構造は誰が発見したかというのは僕はよく分からないけども、いわゆる「博物学」というものがあってね。もうギリシャのアリストテレスの時代から解剖とかやってるし、背骨のあるやつ/背骨のないやつの区別もついていた。それはもうわかっていて。この考え方が出てきたのも100年も前の話。

 

杉本 なるほど、そうですか。

 

若原 系統樹で大きく2つに分けられると。人間はこっち側の頂点なんだと。で、昆虫はこっち側の頂点で。さっき言ったように地球上を支配してるのは昆虫と人間だと思うんだけれども、その両方のトップはどっちがえらいとか、どっちが優れているとかいうことはいえない。ヒトはヒトなりに頑張ってるし、昆虫は昆虫なりにすごい仕事をやっているということですね。

 

虫の惑星

杉本 そうですねえ。最初に伺った話など、すごいですよねえ。アリの話とか。

 

若原 うん。そういう風にできているんだよね。これはなかなか昆虫はすごいなあとは思うし、だから目次に書いてあるかな?ああ、「サルの惑星か虫の惑星か」と書いているけど。

 

杉本 (笑)。

 

若原 ね?「猿の惑星」という映画が。昔、非常に有名な映画がね。

 

杉本 ええ(笑)。ありましたよね(笑)。

 

若原 うん。その言葉を転用して。地球は「虫の惑星」であると。 地球の上の虫の数を数えるのはね。実際できないけど。

 

杉本 聞きますね。数え切れないくらいいる、って。

 

若原 うん。数え切れない。数え切れないんだけども何とかしてどれだけいるかという見積もりをいろいろな人が出しているんだけれど、2通りのやり方があってね。一番昆虫が多いのは南米の密林だと言われてるんだけれども、南米の密林の一本の木に大きな網をかけて全部燻蒸(くんじょう)する。つまり「いぶして蒸す」んですよ。

 

杉本 へえ~。

 

若原 根も掘って、虫も燻蒸(くんじょう)して。それを全部数える。で、それに木が何本あるかを数えて面積をかけてやると、だいたい出てくるという積算があって。それでやると「10の18乗」匹だというんだよね。

 10の18乗といったらほとんど天文学数字。だからそれでさっき言ったように人の人口で割ると2億匹というのは出てくるんだよね。我々ひとりのまわりに2億匹の昆虫がいるとはとても想像つかないけども、昆虫がさ、パーッと飛ぶような場面が映画や何かで出てくるけれど、それを見たら実感できるかなという話だけども。ほとんど実感できないよね。1対2億の関係は。

 

杉本 ええ、全然意識にのぼんないですね(笑)。だから女の人なんか部屋に虫が入ってきただけでも大騒ぎしてキャアキャア言ってますけど、そんな次元じゃないといいますかね。もうすでに取り囲まれきっているわけですよね。僕らは。これ、都会にいても相当気づかないところで虫は山ほどいるということなんですか?

 

若原 でしょう?それは結構な数いるんじゃないかな。

 

杉本 やれ峨だ、蚊だ、蝶だからって。何か目に付く部分だけで「虫だ」って言ってますけど。まあたまにはこんなに小さな虫もいるか、くらいな。

 

若原 何がどれくらいはびこっているかということを考える目安としてはひとつ、「個体数」という考え方がある。全部で何匹いるか。あともうひとつは「何種類いるか」という考え方がある。「種」の数がどれくらいあるか。「何匹いるのか」というのと「種の数がどれくらいあるか」というのは全然違うことでね。人は「一属一種」なの。人は分類でいうと一属一種という言い方をする。具体的にいうと「ホモ・サピエンス」っていうでしょう?「ホモ」属の、「サピエンス」種なんだよ。ホモ属でいま地球上ではサピエンスしかいない。化石になっているのではホモ属でいろんなのがいるけれども。「ホモ・ハイデルベルゲンシス」属とか、「ホモ・エレクトス」。一番有名なのはホモ・エレクトスかしれない。これは直立原人という風に言われてるのだけども、もう化石だからいまはいない。いま生きているのはホモ・サピエンスだけ。一属一種なんだよ、ヒトは。でも一属一種で75億匹いるわけ。匹というのは変だけども。「人」いる。で、一種しかいない。だからはびこっているといっても、一種だけではびこっているわけだ。で、昆虫の方は「種数」。個体数も多いけれども、種数がすごい。どれくらいすごいかというと、地球上にいる全生物、何種類いるかわからないんだけれども、地球上に約300万種。

 

杉本 へえ~。

 

若原 でもまだ見つかってないのもいるから、中には3千万種という意見もあるんだけれども。まあ、だいたい低く見積もる人で200万種。多く見積もる人で300万種。このうち150万くらいが昆虫。

 

杉本 ああ、半分も。

 

若原 だから昆虫は圧倒的に多い。全生物の約半分が昆虫なの。そういう意味では昆虫がすごくはびこっている。ヒトは一種で頑張っているだけでね。

 

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